今回は、2023年公開のフィンランド・ロシア・エストニア・ドイツ合作映画『コンパートメント No.6』を紹介します。
フィンランドの新星ユホ・クオスマネン監督が、自身も魅せられたロサ・リクソムの同名小説を独自にアレンジし、作り上げた意欲作。
アキ・カウリスマキ作品を思わせる、不器用な男女が心を通わせていく様子には、普遍的で飾らない美しさがあります。
この記事ではネタバレを避けながら、おすすめしたい人や本作の魅力、個人的に心に残ったポイントを紹介しています。「この映画、観てみよう!」と思うきっかけになれたらうれしいです。
この映画のひとこと感想|作品情報

孤独な男女の関係性に、切なくなったり胸キュンしながら
共鳴できる映画でした。
🎬FILM INFO | 作品情報
作品名:『コンパートメント No.6』(原題:Hytti nro 6)
製作:2021年/フィンランド・ロシア・エストニア・ドイツ合作
上映時間:107分
配給:アット・エンタテインメント
監督:ユホ・クオスマネン
主なキャスト:
セイディ・ハーラ(ラウラ役)
ユーリー・ボリソフ(リョーハ役)
ディナーラ・ドルカーロワ(イリーナ役)
あらすじ
フィンランド人学生のラウラは、留学先のモスクワからムルマンスク州までペトログリフ(岩面彫刻群)を見に行く予定でした。ところが、一緒に行くはずだった恋人イリーナにドタキャンされ、仕方なくひとりで出発することに。気分が晴れないまま寝台列車に乗り込んだ彼女は、乱暴なロシア人労働者リョーハと同じ6号客室に乗り合わせます。酒にひどく酔い、迷惑な振る舞いをするリョーハにうんざりしながら、最悪な旅のスタートをきったラウラ。けれど長い旅をともにするうちに、二人の関係は少しずつ変わっていき…。
ロシアの極北へ向かう列車の旅のなかで孤独な男女が少しずつ心を通わせていくさまを、雪に包まれた街のひんやりとした風景とともに描いた作品です。
こんな人におすすめ
見終わって心に残った3つのこと
ラウラの表情に表れる心の変化
印象的深かったのが、主人公ラウラのこわばった表情が少しずつやわらかくなっていく様子です。
旅の前のシーンでは、“意識高そう”な人たちの会話に馴染めず、恋人がその場にいてもまったく楽しそうに見えません。そのあと旅が始まってからも酔っ払いのリョーハと同室になったりと、とことん運の悪い出来事が続き…ラウラの表情は疲れ切っていて、かなりつらそうなんです。
それでも仕方なくリョーハとともに列車の旅を過ごすなか、ある場面からラウラの笑顔がのぞき始めます。彼女は留学先のモスクワで居心地の悪さを感じていて、頭がよく美しい“完璧な恋人”イリーナともどこか無理をしながら付き合っていたのでしょう。だからこそ、最初は大嫌いだったけれど、等身大の自分で向き合えるリョーハの存在はとても大きかったのかもしれません。
リョーハのぶっきらぼうながらまっすぐな人となりが、知らず知らずのうちに凍てついたラウラの心を温め、ゆっくりと溶かしてくれたんだと思いました。
リョーハ役の俳優さんが気になる
私がこの映画を観ようと思ったきっかけは、ショーン・ベイカー監督の『アノーラ』で、今作リョーハ役をつとめているユーリー・ボリソフという俳優さんを目にしたことでした。
そこで見せた、きりりとした眼差しと少し影のある佇まいに強烈に惹かれた私。「この人、他にどんな映画に出てるだろう」と調べてみたところ、この『コンパートメント No.6』にたどり着きました。
今作では、話しかけるのに少し気が引けるようなオーラをまとった炭鉱労働者を演じています。ユーリーさんへのインタビューによると、リョーハの生い立ちまでさかのぼって監督と意見を重ねたり、工業地帯を訪ねて現場のリアルな声を聞いたそう。そこからは、愛をもってリョーハというキャラクターに向き合い、理解したいという思いが伝わってきます。
一見乱暴でぶっきらぼうなのに、実はとてもピュアなのではと思わせるリョーハの感情表現はとてもチャーミングです。そんな少年のようなまっすぐさから、ふとした瞬間にのぞく哀しさまで、彼が歩んできた人生を思いながら丁寧に役を作り上げている。その役者としての心持ちに、ますます“本物”を感じました。
🎬にこまゆげの小話 |『コンパートメント No.6』から『アノーラ』へ
実は『アノーラ』のショーン・ベイカー監督も、この作品のユーリーさんの演技に心を奪われたひとり。それがきっかけで、彼に出演をオファーしたといいます。その後『アノーラ』も本作と同じくいくつもの映画賞を受賞しましたが、ユーリーさん自身にも大きな快挙が。なんとロシア人俳優として約50年ぶりに、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされたんです。「自分の勘は間違ってなかった!」と、なぜか得意げになってしまった私にとってもうれしいニュースでした。
凍てついた景色、熱を帯びる心
物語を引き立てるポイントとして見てほしいのが、旅の序盤のラウラの心を映し出しているような、深い雪に包まれた街の景色です。曇った空の下に広がる街は、どこか陰鬱な空気をまとっています。モノクロ映像ではないのに色味が少なく見えてくるような、どんよりとした寒々しさを感じずにはいられません。
実際、ラウラはモスクワにも列車内にも居場所がありません。リョーハも口に出すことはないけれど、行き場のない孤独感を抱いているように見えます。彼らの目にする景色も出会う人たちも、どこかよそよそしい。最初の二人の心の距離も、まだまだ遠いんです。
ですが、旅の途中で会話やちょっとした出来事を重ねるうちに、最初は冷たく感じた相手のなかに少しずつ人間味が見えてきます。ラウラの表情もおのずとやわらかくなって、やがてリョーハとの距離も縮まっていきます。
「静かなまま」の寒々しい雪景色のなかで、二人の心がだんだん熱を帯びていく。このギャップが、この映画ならではの美しさだと思います。こうしたユホ・クオスマネン監督の秀逸な描写があるからこそ、この作品がきらめきを宿しているのかもしれません。
まとめ
今回は、映画『コンパートメント No.6』について、じっくり紹介しました。
うつり変わっていく男女の関係性を、そっとのぞき見ているようなおもしろさのある作品。ラウラのこわばった表情がやわらいでいく様子や、ぶっきらぼうなリョーハのなかにある優しさが見えてくると、こちらまで心が温かくなります。
深い雪に包まれた静かな風景と、そのなかで熱を帯びていく二人の心。その対比が美しく、派手な展開がなくても観たあとしっかりと余韻が残るような一本でした。

孤独だった人たちが、心からのよろこびを見つける瞬間って、たまらないですね。


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